2013.04.10 Wednesday

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2013.04.10 Wednesday 01:35

近況と今後の予定

・以前書いたように, 8月から長期出征のため, 北九州を離れます。ついでに気分転換も兼ねて, ブログを移転。Twitterで, ブログは暫く現状維持だと言ったな。あれは嘘だ。
 ただ, ブログが消えてしまうのも偲びないので, 二重投稿という形で今後更新するかも。あるいはTwitterの反映とか?

・来年は北九州を離れます(予定)。資金が貯まって, 色々問題が解決したらだけど。図書館司書として働けたらいいのだけれど, 仕事が面白くて飽きなければ何でもいいです。ぶっちゃけ。それも含めて, 新たな場所で色々模索出来ればなあ, と。人生詰んでるのだとしたら, それならそれで楽しみ方を見つけていきたい。そんな心境。

・移転先
http://akausii.hatenadiary.com/


2013.04.07 Sunday 00:10

新歓

関係者の皆様, 先日の新歓はお疲れ様でした。M研とK研の合同開催はたった二日のみとなりましたが, お互い何か(主に新入部員)得るものがあれば, 合同開催の冥利に尽きるものがあると感じます。

まあ, うちは一人話を聞きに来ただけでしたが(苦笑)。でもこんなものですよね−?(え

某大祭実の本質のない締め付け(嫌がらせ)にもめげず, 制約の中で各サークルのカラーを見せる「演出」にまだまだ学生の底力を感じた次第でした。と, 偉そうに言う私OBを一応のサークルメンバーとして, 包括する力があること自体, 非常に素晴らしいものだとも感じています。

今後, 某大祭実と大学当局がサークルにどのように働きかけてくるのかわかりませんが, 自由と活動の意味を考えつつ, R研さんのビラにもあるように, 「4年間を無駄にし」ながら頑張って欲しいと思っています。

(2013.4.7 ちゃぶ/あかうし)

2013.03.31 Sunday 10:53

2013.3.31

職場の先輩とフリーターについての話をしていたら, どうもこの人, フリーターを悪いものだと考えているらしいとわかり, 『80年代「地下文化論」講義』を読む前だったが, 私の友人にあえてフリーターをしながら自分のやりたいことをしている人がいるが, それは認められていいのではないかというようなことを言った。

正社員になれば時間がなくなるからなのだが, 欧米では一部の富裕層に限って長期休暇が認められることがあるが, 日本では特殊な職場で働いている人を除き, 正社員では一部の「ブルジョア」に限られ, 殆どの人がちょっと海外で一人旅というのが許されていない。宮沢はある種の表現者に限り, フリーターを超えた生活と表現形態が認められていいのではないかと言っていたが, これは何も表現者に限らないと思う。そもそも一人に一つの就業形態を前提に考えること自体が, 終身雇用という考え方から抜け出せていないではないか。マルクスは分業制について理想としていたようだが, 未だに世間というものは一つの職業に個人を押し込めるものである。

カネのことを考えれば正社員がいいのは明らかだが, カネに不自由しない生活もそれはそれで嫌だし, 何よりしたいことができないという生活はもっと嫌だろう。フリーターを超え, 正社員も超えた表現活動のある生活(それが趣味であるとしても。老人になり, カネに余裕が出来て初めて趣味活動を行えるというのも嫌だ)にはもうちょっと保証されるものがあっていいんじゃないかと思う。


2013.03.31 Sunday 09:10

「幸福」

幸福
アニエス・ヴァルダ / フランス / 1964年 / 80分

「5時から7時までのクレオ」, 「歌う女, 歌わない女」と続いて観たのがこの「幸福」というのもあって, 悪い出来だとの印象が否めない。愛に純粋な男が浮気をし, 妻の死後, 別の女と再婚するという単純な筋で, それでも観ていて飽きないのは流石にヴァルダと言ったところだが, 僕にはそこからはみ出るものが見つけられず, 映画が終わると呆然としてしまった。期待過剰だったせいもある。文字通り「幸福」を絵に描いたような家庭で, 誰が悪いわけでもないし, 最終的にはまた幸福な家庭が再現されるという暗黒な作品とみることもできる。結末近くで流れる「アダージョとフーガ」がいい味を出していて, その辺りは好きだ。パッと見, 「幸福」な家庭なのだけれど, それは一見したところそうなのであって, 音楽が映し出す雰囲気のように, 実際は何かが待ち受けていると暗示させる。悪い意味では, 一般的な因果応報譚とも捉えることも出来る。

因果応報と言えば, よく刑事モノなんかで, 同じように不倫した男を争って一方の女が殺されるというイメージがあるのだけれど, この作品だと女は殺されるのではなく, <死んでいる>。死因は溺死で, 一瞬だけ女が蔦のようなものに縋るけれども, 手から蔦が離れて落ちていくシーンが流れる。その前に, 男が浮気を白状し(男は嘘をつくことができないと言う), どちらも同じように愛しているが妻を以前と変わらず愛することを誓うシーンがある。それから, 夫婦は肉体的に愛し合い, 次に夢から覚めると妻がいなくなってしまう。落ちていく女は愛という自重に耐え切れず, 落ちていくようにも見えるが, 死因よりも男が女に頬を寄せるシーンが何度もリフレインされて, 興味深かったりする。男の愛が本物であることが伺えるのだが, 次に別の女のもとに会いに行った際には "二人とも同じように愛していたが, 妻が死んでしまったので…" と弁解めいたことを言うので, たんに愛が結婚により保証されていただけであるとも受け取れる。殊に女の死は, 道徳的な因果応報を想起させる。

では, この作品にとって, また愛にとって結婚はそれほど大事ではないのかというと, そういうわけでもない。あくまで男は結婚に固着する。最初の妻もそうだ。最後に妻となる第二の女だけは違うような気がする。でも結局は結婚する。これが今のフランスだったら結婚は大事ではないと言う人が大半なのかもしれない。以前, 何かのテレビ番組で, フランス人がそう言っていたのを, 多くの日本人コメンテーターが批判していた。ある日本人は「子供はどうするのか」と問題提起し, これにフランス人が「欧米には婚外子と呼ばれる子供が多くいる…」などと答え, 愚かにも日本人コメンテーターは(芸能人だったが), 「日本では考えられない」と憤怒していたように思う。

作品のタイトルは「幸福」だったはずだ。愛の基盤はどこかと言うのは最初から問題にならない。結婚が幸福の条件だろうかというのも相対的に考えられるから, 単純な答えとしては出せないし, 幸福に絞って作品を考えようとすればどうしてもこれが女の作品であると言われ, フェミニズム論の中に包摂されてしまう。実際, ヴァルダの作品をフェミニズムから理解しようとする傾向があるらしい。「5時から7時までのクレオ」を初めて福島先生の講義で観たときも, 女性の視点から作られた映画ということが言われていたし, 一緒に観た友人も同じ感想をもったみたいだった。だけど, 僕にはそれが全うに賛成できなかった。たしかに, そう言わせる何かがヴァルダの作品にはある。わかりやすいのは撮り方だろう。ヴァルダは小道具や特殊効果に細心の注意を払っていて, 「幸福」においても, たとえば森に出かける家族のシーンが神話の一場面を切り取った様であるとか, 場面展開の際の不吉な全面原色のみのカットとか, 男の監督ではあまり見られない撮り方がヴァルダの作品には見られる。

それが効果の著しいものであるかどうかはともかく, 凝った, と言うか, 繊細な撮り方をしているのはたしかなようだ。だけれども, この「幸福」にしてもそうなのだが, ヴァルダの作品が一様に女の視点から撮られた作品なのか, ということに関しては疑問に思っている。況してや, 解釈する側の勝手だろうけど, フェミニズム映画の草分けなどと言われると, ちょっと違うのではないかと。そう言うのは勝手なのだが, 何か違和感がある。

でもその前に, 僕がフェミニズムを想像するとき, 女が政治的・文化的文脈の中でどう捉えられるかを考える学問であるとはあまり思わず, むしろイデオロギー的な見方をしているということは述べておきたい。つまり, 女がどう生きるかを考える方法論である, という世間的な考え方に近いものを僕はもっている。フェミニズムにも色々あるだろうが, どうもこの印象が僕には強い。

その文脈において, 「歌う女, 歌わない女」にしてみれば, あの作品は女がどう生きるかを端的に, あるいは対照的に描いた作品と見ることができるから, フェミニズム的と言うことも出来るだろうが, それでも男に寄り添って生きることが女の幸せであるということを説いているのだから, これはフェミニズムなのかと。まあ, フェミニズムなんだろうけど。

たぶん捉え方に違和感があるだけなんじゃないかというのは何となくわかってきた。ヴァルダの視点が女の側から向けられているという点には, 僕は全く賛成している。それはしかし, 男の視点からみても幸福である。双方の生活を性の点から対等に描いて見せている。だから, ある意味で双方ともに救われる。ヴァルダが男に一福の信頼をもっていることがわかる。

(3/31, C)


2013.03.29 Friday 16:53

2013.3.29

「銀河」という映画を最近観たが, まとまった感想をブログに載せるつもりはない。twitterでも書いたが, 共に観た友人が印象文でもいいから感想を交えて書いてくれ, と頼んできたのもあるし, そもそもこの映画がとっつきにくいというのもある。まともに書こうと思えば, この映画の監督のルイス・ブニュエルという人の時代にどういう映画が作られたか, フランス映画が代表・象徴するヌーヴェル・ヴァーグとの絡みで書くか, 作品のテーマに沿って書くしかない。

テーマとしては「キリスト教批判」なのだが, 聖書の解釈が主で, 非キリスト教信者にはわかりにくい。このルイス・ブニュエルという監督, 浅学にして知らなかったが映画界では巨匠として扱われ, 論文も多く書かれているようなのだが, ほかの作品は知らないが「銀河」を観る限りではそこまで評価されるものなのか, と思う。構成はぶつ切りで荒いものだし, 肝心の内容が宗教の上に立つ宗教批判のようで, キリスト教を知らないものは当然何が悪いと言われているのかピンと来ないし, 本質的な批判になっていないように思われる。唯一, 科学を嫌う心性を持つ者が宗教に惹かれるのではないかと揶揄する場面があるものの, よく聞く批判の体で, 今観ると真新しいものではない。まあ, 制作当時は新しかったのかもしれないが, それでも特別に評価されるものでないのはたしかであろう。

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図書館でたまたま見つけた宮沢章夫の『80年代地下文化論講義』を読んでいるが, なかなか面白い。私も80年代に生まれた身であるから当時の状況はよくわからないが, 宮沢が80年代の東京で体験したものを感覺的に捉え, 批評しているのだから読みやすい。80年代を扱った評論のようなものとしては, 大塚英志の『おたくの精神史』があるが, 本書ではこれを反語的に読むのだと言う。大塚英志はよく言われているように, たびたび文章に論理破綻を起こし, 何を言っているかわからないことがある上に視野が狭く, 本当に「おたく」の視点のみから80年代を読み取ろうとするので, 一時期は小谷野敦氏が著作の中で批判していた。「反語」と言うからには「批判」と似た意味なのだろうが, 大塚は批判に答えないことでも悪名高いので, あえて「反語」にしたのかもしれない。またこのことは, まともに学問の立場から80年代を読み取ることを拒否する大塚の立場とも関係しているのかもしれない。

この中にアングラ演劇について宮沢が語っている箇所があって, 私の友人にもアングラ演劇に関係している者がいるから, 「おっ?」と思いながら読んだのだが, 宮沢は菅孝行の『戦後演劇』を引用しつつ, アルバイトが演劇を成り立たせるようになったのはアングラ演劇/小劇場演劇からであるという。以前は何かの団体に所属する, 正社員のような位置にある俳優が演劇を成り立たせていたのだが, アングラ演劇や小劇場劇場が台頭してくるようになって, 俳優はアルバイトで生計を立てるようになり, そのところが大きく変わったのだという。

もう一つ興味深いのは, 最近の演劇が本来あるべきはずの「不合理」さを内包せず, 合理的に進むようになってきていると指摘している箇所で, かつて友人が「最近の演劇は俳優も演じる場所も決められていて, スポンサーとの関係もあるから自由に出来ない」と言っていたのを思い出す。ひょっとしたら, 自由や不合理さへの憧れ-宮沢の言う「かっこいい」ものへの憧れ-は現代では演劇人に共通する心性なのかもしれない。

「笑い」についての考察も, かつてポリアンナと笑いについて卒論を書いた身としては興味深く読めたし, 今後読むのが楽しみである。


amazon;『東京大学「80年代地下文化論」講義』

2013.03.29 Friday 15:43

[坂本真綾]

NHK-FMの「ミュージックライン」という番組を偶に聴いているが, 最近はあまり聴いていなかったので, この前の坂本真綾が出演する番組は見逃していた。私は出先でラジオを聴くことも多いのだが, 偶然, NHKを入れていたら坂本さんがゲストだったので飛んで帰ったのだった。

ラジオは友人が誕生日にとくれたSONY製ポータブルラジオを使用しているが, 友人が「ICレコーダーで録音も出来る」と気遣ってくれたのも虚しく, このラジオは録音が難しい。雑音が入るのと, そもそもがポータブルラジオなので, 予約録音が出来ない。だから, 最近はradikaというフリーソフトを使って予約録音をすることが多い。むしろ, リアルタイムでの鑑賞も, 最近では仕事が不規則に入っているため難しく, 夜間は特に風呂に入ることが多いので, 今回もradikaを使用した。それはいいのだが, このradikaというソフト, PCの電源を落とすと録音ができず, 時間になれば勝手にPCの電源がつくということもない。一度シャットダウンを行えば, 再度設定をし直さねばならず, 非常にめんどくさいことこの上ない。早々にラジオを新調しなければならない。

さて, 坂本さんの話を聴いていて, 当然, 最近発売されたニューアルバムの「シンガーソングライター」のことが話題に上がるのだが, その中で, 坂本さんは14歳の頃のことはいい思い出がないと言っていた。へえ, その当時から声優の活動をしていたのか, と思ったものだが, ウィキペディアによれば洋画作品の日本語吹き替えをすることが多かったという。アルバムの話で, 14歳の頃はそれでいてコンプレックスが多く, 克服した今でも当時の心象を歌にすることが多いと言っていたが, 華々しい経歴であって, かつコンプレックスを多く抱える人は実際には多いのだろう。私には理解出来ないが, 鬱屈した自我などという悩みは経済状況とは関係ないものらしい。エリートゆえの悩みだろう。

まあ, 仕事を一ヶ月も休めて, 海外を旅することが出来る状況が羨ましいとは思うものの, それでも彼女の歌に特別惹かれることはないのだから, 留学のような海外渡航が, 人生において必ずしも意味のあるものであるとは限らないことがわかる。学生の頃はそのことでひどく論議したものだが, しょせん海外渡航はきっかけであるに過ぎず, 人によってはあまり中身が変わることのない「経験」なのである。

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ラジオの話を知人にしたら, 私は坂本真綾の「まあや」を無アクセントに発音したのだが, 「マあや」と言い直された。どちらでもいいが, ファンは「マ」にアクセントを置くものらしい, と思った。



2013.03.15 Friday 21:34

「すべてが狂ってる」

すべてが狂ってる
鈴木清順 / 1960年 / 日本(日活)/ 72分

#愛情, 家族, 金, 女

テーマ的には愛情と金の葛藤の中で男(女)を愛しうるかとか, 戦後の自由な生をどう生きるかとか, そういうものだったと思うが, 特に感動を受けるようなことはなかった。

主人公は次郎と言い, 男子高校生で, ある不良グループの一員として, 遊びまわっている。メンバーは高校生や大学生が中心となっており, 興味のあることと言えば金と女, それに酒である。あるとき, 次郎は母・昌代と金の面で普請してくれる男・南原圭吾との関係に怒りを覚え, 外に飛び出す。半ばヤケになった次郎は女友達である敏美と寝たり, 車を盗んで走ったりと不良行為を行うのだが, 追いかけてくる圭吾や, 敏美との関係に混乱していく。

金か愛情かという, 恋愛においてはテンプレーションのように繰り返される問題が, 次郎の葛藤を通して見えてくる。母である昌代が, 圭吾に他に女がいてもいい, 見捨てないでくれと懇願するところは胸中に堪えるものがある。やがては葛藤の中で, 次郎は女と金の結びつきを直感し, 「母親でも女だ」と言う女友達の言葉に自暴自棄になる。ここが山場で, あとは坂道を転がるように落ちていく。次郎は避けていた敏美と自動車を乗り回すようになり, 愛情よりも独りを避けるための存在として敏美を"愛する"ようになる。そして, 次郎はホテルで圭吾に怪我を負わせ, 敏美と再度逃走を謀る。圭吾は死なずに救急車に運ばれるが, 逃走した次郎たちはトラックに正面から突っ込み, 死んでしまうのである。

「いつかわかるときが来る」と圭吾が言うのも虚しく, 次郎は死んでしまう。圭吾の搬送先の病院では, 愛情のないアベックがいて, 女の流産に「自分のことは自分で」と冷淡にあしらう男に, 同僚が憤怒するシーンがあるなど, 時折そういった, 言わば愛のない関係に批判の目が向けられる。顕著なのは, 最終盤のバーのシーンで, 新聞記者が「現代では人々の間に善意が存在しない。”すべてが狂ってる”」とキザっぽく言うのに対し, おかみが「でも次郎ちゃんはいい子なのよ」と言うところで, 「善意」と「いい子」が意味を押さえているのだが, これなどは登場人物の人間関係を冷めたものだとする批判の意識の表れであろう。それよりも面白いのは, 「いい子」というあたりで, 圭吾も「いい子」とか「素直な子」だと次郎を形容しているのだが, 基本的には子供を良いものとする見方があらわれている。

借りるとき, パッケージの裏に「清順作品に吉永小百合が出るのは本作だけ」などと書いてあったのを見て, 不思議に思ったのだが, 清順の作品に吉永小百合というのは, あまりにもイメージとしてかけ離れているので, 想像がつかない。観てみたら, 次郎の友人の何とかという男の恋人として登場するほか, 家の前で犬を追いかける令嬢として登場するなど, 登場シーンは数カットしかないことがわかった。殆ど作品の内容に絡んでこないので, なぜ出演させたのだろうと思っていたら, 要は新人清純派女優である吉永小百合を出してくれという, 上からの命令であることが特典の映像から判った。当時, 吉永は新人であるはずだが, それでも待遇された扱いであると思う。

(3/15, C)

2013.03.07 Thursday 17:12

2013.3.7

TSUTAYAにゲーム新古品を売りに行ったら警察を呼ばれた【7日1時頃再追記】http://www.sososo291.com/?p=620
(ほぼ同じ内容を"コメント"欄に投稿。反応があるとは思えないから, こちらでも書きます)

たしかに警察の言ったことはもっともで, TSUTAYA側が受け入れられないと言っている以上, 早々に理解して和解するしかない。

とは言え, クレームを付けること, そしてクレーム自体の内容は決して理解できないことではない。TSUTAYAは融通が利かない, 未開封だからという理由で断るのはおかしいのではないか, etc.…こういうことを言うこと自体, 別に悪くもないことだし, むしろ感情的には当然のことだと理解している。

だが, この記事についてのコメントがひどい。一部読んだだけだから, まっとうな意見があるだろうことは想像できるし, 彼らを十把一絡げにして悪いと言うつもりはないが, およそ誠実とは思えないコメントが多いので, 読んでいて頭にきた。

TSUTAYAに絶対正義があるかのような言い方で, 融通が利かないと言っていることに対しての同意はほとんどないし, 「警察を呼ばれた」と言っていることについてのいちゃもんやら罵詈雑言だらけ…。挙句は思考停止のようにこの書き手をクレーマーと位置付け, "クレーマーは悪い"の図式で非難する。

彼らの知性のなさに絶望した。TSUTAYAが受け入れられないと言うのなら,「それはおかしいではないか」とか, 「今後どうにかして受け入れられるようにしてほしい」とする書き手の意見はほとんど無視して, 店のシステム, 盗品の不正売買の事情とやらを説明し, 書き手を罵倒する。

たった2時間のクレームを問題にしているようだが, 相手との見解に相違が生じ, 互いが納得できない以上, 時間がかかるのは仕方ないし, 私はむしろ「よく粘った」とその場にいたら賞賛したいぐらいである。クレームと言うが, 相手とこちらの主義主著, あるいは認識の相違が問題となっていて, これを折衝することに中心があるのだから, 一方的なクレームとは違う。

しかし, コメントで問題にしている人たちは, たったの2時間ぐらい議論することもできないのだろうか。まあ, 彼らの中にはネットでしか意見を言えないような人が多いだろうから, 自分の意見もロクに言えないのだろうけどね。

醜怪な揚げ足取りこそがタチの悪いクレームだし, 両者の問題点を捉えず一方ばかりを非難する…私は, 彼らこそが真のクレーマーだと認識している。

その上で, 書き手については, 賛同できないことがある。

あの場で自説のために粘ったことはいいとして, "納得できない"TSUTAYAで商品を買ったことは理解できない。店としては儲かることが第一なのだから, いわゆるクレームをつけたことは商品を買ったときに"なし"にされているのではないか, と思う。言わば, 彼らを甘やかしてしまったのではないか, と。

それと, 現実的には店員が打開策を打ち出しているのだから, TSUTAYAに固執するなら一旦帰り, 後日開封して売りに出すのが得策だっただろうが, もしゲーム屋が近隣にあればそこで売ることも吝かではなかったのではないだろうかとも思う。まんだらけなど, 未開封であることを価値の上乗せと考えて, 高値で買い取る店もある。考慮に至らなかったのであれば, 今後参考にされてみてもいいのではないだろうか。

しかし, コメントにみられる, TSUTAYAの事情を汲むことで自分はモノが分かってるんだとでも言いたげな態度, 感情的に気に入らないな。

(追記 16:44)
私もTSUTAYAに関してはゲームのことで悶着し, 以降はTSUTAYAではゲームを売買しないと決めている。融通が利かないからである。これを大きい企業だから, というので一応は問題にしておきながらも放っておくのでは, 何も改善に至らないのは分かることだろう。


2013.02.26 Tuesday 11:24

2013.2.26

「ビブリア古書堂の事件手帖」を仕事先でようやく観た。ドラマはあまり好きではなく, 余程面白くもなければまず見ないのだが, 知人が私に勧めるものだから気になっていた。観るとまあ, 内容はそれほど斬新なものではなく, 古書堂と探偵もの, それに恋愛要素を加えたもので, 展開は別段気になるところではない。古書が登場するあたりも, 本好きには受けるだろうし, 凝っていると感じたが, 事件解決の辺りが大衆向きで気に入らない。つまりはメディアワークス文庫のようなライトノベルでもドラマ化に耐えうるものであるということがわかっただけで, 特に面白いというわけでもなかった。

そもそも古書店に剛力彩芽のような可憐な少女がいるはずはなく, 古書の買取やら恋愛絡みの展開もドラマくさいと感じる。ドラマ愛好者にはそれがいいのだろうが, 私にはあまり受け付けない。独特の間延びした長撮りは雰囲気を出していて良い。何より, 剛力の演技があれほど個性的なものだとは知らなかったので, ちょっとした感動を覚えた(auのCMなどで既に観たことはあったが, これはどうも演じ方が"若い"一辺倒で好きではない)。上手いとは思えないのだが, 彼女の魅力をじゅうぶんに伝えていて, 尚且つ画面に没入させる演技である。




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職場で先輩が, 家に帰っても感性が違いすぎて話が合わないと言っていた。地元を離れて大学に4年も通っていると, こういうことある。同じ大学に長くいすぎても, 今度は下級生と感性が合わなくなることもある。4年間という時間は人生を適度に変えるにはちょうどいい長さなのかもしれない。

長くいすぎても仕方がないと思うし, 場所や方法を変えて, 感性は磨いていくべきだと思うのだが, やることがないと言って結局, その場に留まる人も多い。介護の現場でも会社人同様に, そのようなシンドロームに冒される人がいるものだが, それだと何のために就活をしなかったのか, 私にはわからない。同じ仕事をするのでも, 変化をつけていかないのではせっかくの"感性"も無駄になってしまわないか, と思う。

この仕事が人から好かれないのも「ひょっとしたら旧態依然とした在り方が原因なのではないか」, と考えてみる意味はある。




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キョンシーズをまで視聴。,倭農欧蕕靴ったが, 以降になるとアクションやギャグのキレが数段落ちる。いわゆるテンプレというヤツだろうが, 特にはご都合主義的な展開, ベビーキョンシーの改心, 設定の回収不能(人語を操るキョンシー, 親方の登場なし…etc)やら誰も死なないやらで, 見るに耐えない出来となっている。これからぐ聞澆魎僂襪錣韻世, 遅いとはわかっていても, せめて原語の北京語音声を収録してほしいと祈るばかり。


2013.02.24 Sunday 01:41

「時代屋の女房」

時代屋の女房
森崎東 / 1983年 / 日本 / 97分
#夏目雅子, 人情喜劇, 安保闘争, 戦後, 下町(大井町)

「時代屋」という骨董屋で働く男と, 東京の下町に住む男女の, 戦後の一時代を描いている。時代は70年代だろうか, もしかしたら80年代かもしれないが, その辺りは判然としない。どちらにしても, 時代を描いた作品としてはつまらなく, 主人公たちに感情移入できないのでもやもやした。安保闘争や戦後を経験した主人公たちが, 結局は内面から変わることなく生きていくことに苛立ちを覚えるからかもしれない。

会話もドラマ的であまり好きではなかった。本作で夏目雅子の演技を初めて見たのだが, これもあまり好きではないし, なぜ彼女がそこまで持ち上げられるのかわからない。白血病という病気が, 不幸のヒロイン像を作り出しているのだろうか。興味がない。夏目よりも渡瀬恒彦の演じる安さんに中年男の魅力を感じるが, しかし安さんといい, 他の男たちもどうも下町テイストに見えるような気がしてならず, これもあまり好きではない。何より, ドラマの結末が明るくて好きではない。女が別れた男の許に帰って来ることなど滅多にないし, あったとしてもその女はろくな女ではないだろう。
(2.22), 評価:C

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